聖書の知恵より
今日のデジタル時代においてSNSは、私たちの感情や考え方、また、人との繋がり方にまで影響をもたらす力強いツールです。SNSは、神様の素晴らしさをより多くの人と分かち合うことを可能にしてくれる一方で、比べてしまったり、気が散ってしまったり、混乱を生む側面も持ち合わせています。聖書にはそんな悩みを乗り越えるための、どんな時代にも役立つ知恵が詰まっています。オンライン上でも神様を敬う方法を、一緒に考えてみましょう。
まず大切なのは、神様と繋がり続けること
私たちが結ぶ実は、私たちが一番に繋がっているものから来る結果です。
日頃からSNSを使いながらも、神様の中に留まり続けるとはどのような姿だと思いますか?
SNSの使い方によっては、周りの人にもたらす影響も変わってきます。
あなたはオンライン上で、どのような影響を人々にもたらしたいですか?
今、あなたが投稿しているものは、どのような影響を人々に与えていると思いますか? それは、神様の素晴らしさを表していますか?それとも、あなたの信仰の具合について混乱を招いていると思いますか?
自分の目と心を守ろう
「目」から取り入れるものが自分の「心」をつくることを理解しよう
普段見ているSNSのコンテンツは自分の考え方や気持ちにどんな影響を与えていますか?
私たちの窓である「目」が暗闇よりも光を取り入れるために出来ることはありますか?
何でも心で直接受け止めずに、情報を取捨選択をするためのフィルターを持とう
SNSをみている時、どのようなネガティブな声が頭によぎりますか?
それらに影響されないように「心を守る」ために出来ることはありますか?
境界線は自由へと導いてくれる!
SNSは中毒に陥りやすいように設計されています。長時間見続けることで、脳内でドーパミンが大量に放出され「もっと見たい!」という欲求が生まれます。しかし、この欲求は完全に満たされることがなく、気づかないうちに私たちの限られた時間やメンタルヘルスを損なってしまうことがあります。過剰なドーパミンの刺激が続くと、脳がそれに慣れてしまって満足感を得にくくなることもあり、その結果、感覚が麻痺したり、虚しさを感じたり、現実世界との繋がりが薄れてしまう可能性があります。
境界線は私たちの自由を制限するものではなく、自由を与えてくれるもの!
※堀:敵から城を守るために、城のまわりを掘って水を溜める所(柵のような役割を持つ)
SNSの使い方に境界線を持たないことは、「堀を埋めた城」とどのような点で似ていますか?
SNSを使う上で、心を守るためにはどんな「堀」が必要ですか?
境界線の例:
スクリーンタイム / フォローとアンフォロー機能 / ミュート機能 / 興味なし機能 / 広告をブロックするアプリ / フィルタリング機能 / オープンに話し合え、支え合える仲間を持つ / 情報過多 / 見知らぬ人との距離感 / 人とのリアルな繋がりを大切にする等…
これを覚えておこう
塩っけを失わないで!
オンラインでもオフラインでも「地の塩」として生きるとはどういうことだと思いますか?
SNSに溢れかえっている世の中の流行や考え方の中から自分が一番、流されやすいものは何ですか? それはなぜですか?
挙げてくれたものから、どのように自分の考え方を守ることができますか?