聖書では、イエスを信じる人のための判決、または「キリストの裁きの座」についても記してあります。これは、神様がこの地上での生き方に基づいて、つまり良いことも悪いことも含んだ上で、信じる人たちに与えてくれる報いです。
(10) なぜなら、私たちはみな、キリストのさばきの座に現われて、善であれ悪であれ、各自その肉体にあってした行為に応じて報いを受けることになるからです。
キリストの判決の座
(13) 各人の働きは明瞭になります。その日がそれを明らかにするのです。というのは、その日は火とともに現われ、この火がその力で各人の働きの真価をためすからです。
(14) もしだれかの建てた建物が残れば、その人は報いを受けます。
(15) もしだれかの建てた建物が焼ければ、その人は損害を受けますが、自分自身は、火の中をくぐるようにして助かります。
私たちの働きは、どのように裁かれますか?
聖書では、よく「王冠」が報いであると書いてあります。以下の王冠は何に対して授けられていますか?
(25) また闘技をする者は、あらゆることについて自制します。彼らは朽ちる冠を受けるためにそうするのですが、私たちは朽ちない冠を受けるためにそうするのです。
(26) ですから、私は決勝点がどこかわからないような走り方はしていません。空を打つような拳闘もしてはいません。
(27) 私は自分のからだを打ちたたいて従わせます。それは、私がほかの人に宣べ伝えておきながら、自分自身が失格者になるようなことのないためです。
勝利と乗り越えること。
1テサロニケ2:19-20
(19) 私たちの主イエスが再び来られるとき、御前で私たちの望み、喜び、誇りの冠となるのはだれでしょう。あなたがたではありませんか。
(20) あなたがたこそ私たちの誉れであり、また喜びなのです。
ダニエル12:3
(3) 思慮深い人々は大空の輝きのように輝き、多くの者を義とした者は、世々限りなく、星のようになる。
(7) 私は勇敢に戦い、走るべき道のりを走り終え、信仰を守り通しました。
(8) 今からは、義の栄冠が私のために用意されているだけです。かの日には、正しい審判者である主が、それを私に授けてくださるのです。私だけでなく、主の現われを慕っている者には、だれにでも授けてくださるのです。
ヤコブ1:12
(12) 試練に耐える人は幸いです。耐え抜いて良しと認められた人は、神を愛する者に約束された、いのちの冠を受けるからです。
黙示録2:10
(10) あなたが受けようとしている苦しみを恐れてはいけない。見よ。悪魔はあなたがたをためすために、あなたがたのうちのある人たちを牢に投げ入れようとしている。あなたがたは十日の間苦しみを受ける。死に至るまで忠実でありなさい。そうすれば、わたしはあなたにいのちの冠を与えよう。
(1) そこで、私は、あなたがたのうちの長老たちに、同じく長老のひとり、キリストの苦難の証人、また、やがて現われる栄光にあずかる者として、お勧めします。
(2) あなたがたのうちにいる、神の羊の群れを、牧しなさい。強制されてするのではなく、神に従って、自分から進んでそれをなし、卑しい利得を求める心からではなく、心を込めてそれをしなさい。
(3) あなたがたは、その割り当てられている人たちを支配するのではなく、むしろ群れの模範となりなさい。
(4) そうすれば、大牧者が現われるときに、あなたがたは、しぼむことのない栄光の冠を受けるのです。
(2) あなたがたは、聖徒が世界をさばくようになることを知らないのですか。世界があなたがたによってさばかれるはずなのに、あなたがたは、ごく小さな事件さえもさばく力がないのですか。
(3) 私たちは御使いをもさばくべき者だ、ということを、知らないのですか。それならこの世のことは、言うまでもないではありませんか。
何が裁かれる?
少なくとも4つの任された分野に関することが裁かれる。
1.時間
エペソ5:15-17
(15) そういうわけですから、賢くない人のようにではなく、賢い人のように歩んでいるかどうか、よくよく注意し、
(16) 機会を十分に生かして用いなさい。悪い時代だからです。
(17) ですから、愚かにならないで、主のみこころは何であるかを、よく悟りなさい。
コロサイ4:5
(5) 外部の人に対して賢明にふるまい、機会を十分に生かして用いなさい。
時間をどのように使うべきなのか、また今ある時間で何をすべきなのかを話そう。
2.お金
(11) ですから、あなたがたが不正の富に忠実でなかったら、だれがあなたがたに、まことの富を任せるでしょう。
(12) また、あなたがたが他人のものに忠実でなかったら、だれがあなたがたに、あなたがたのものを持たせるでしょう。
(13) しもべは、ふたりの主人に仕えることはできません。一方を憎んで他方を愛したり、または一方を重んじて他方を軽んじたりするからです。あなたがたは、神にも仕え、また富にも仕えるということはできません。」
神様は私たちが富をどのように使ってほしいと望んでいるのか考えよう。本当の富とは何?
3.努力
ルカ19:11-26
(11) 人々がこれらのことに耳を傾けているとき、イエスは、続けて一つのたとえを話された。それは、イエスがエルサレムに近づいておられ、そのため人々は神の国がすぐにでも現われるように思っていたからである。
(12) それで、イエスはこう言われた。「ある身分の高い人が、遠い国に行った。王位を受けて帰るためであった。
(13) 彼は自分の十人のしもべを呼んで、十ミナを与え、彼らに言った。『私が帰るまで、これで商売しなさい。』
(14) しかし、その国民たちは、彼を憎んでいたので、あとから使いをやり、『この人に、私たちの王にはなってもらいたくありません』と言った。
(15) さて、彼が王位を受けて帰って来たとき、金を与えておいたしもべたちがどんな商売をしたかを知ろうと思い、彼らを呼び出すように言いつけた。
(16) さて、最初の者が現われて言った。『ご主人さま。あなたの一ミナで、十ミナをもうけました。』
(17) 主人は彼に言った。『よくやった。良いしもべだ。あなたはほんの小さな事にも忠実だったから、十の町を支配する者になりなさい。』
(18) 二番目の者が来て言った。『ご主人さま。あなたの一ミナで、五ミナをもうけました。』
(19) 主人はこの者にも言った。『あなたも五つの町を治めなさい。』
(20) もうひとりが来て言った。『ご主人さま。さあ、ここにあなたの一ミナがございます。私はふろしきに包んでしまっておきました。
(21) あなたは計算の細かい、きびしい方ですから、恐ろしゅうございました。あなたはお預けにならなかったものをも取り立て、お蒔きにならなかったものをも刈り取る方ですから。』
(22) 主人はそのしもべに言った。『悪いしもべだ。私はあなたのことばによって、あなたをさばこう。あなたは、私が預けなかったものを取り立て、蒔かなかったものを刈り取るきびしい人間だと知っていた、というのか。
(23) だったら、なぜ私の金を銀行に預けておかなかったのか。そうすれば私は帰って来たときに、それを利息といっしょに受け取れたはずだ。』
(24) そして、そばに立っていた者たちに言った。『その一ミナを彼から取り上げて、十ミナ持っている人にやりなさい。』
(25) すると彼らは、『ご主人さま。その人は十ミナも持っています』と言った。
(26) 彼は言った。『あなたがたに言うが、だれでも持っている者は、さらに与えられ、持たない者からは、持っている物までも取り上げられるのです。
2テモテ1:6
(6) それですから、私はあなたに注意したいのです。私の按手をもってあなたのうちに与えられた神の賜物を、再び燃え立たせてください。
私たちの持っている資源をどの様に使い、どの様にエネルギーを注いだかで、どんな裁きがあるのか話そう。
4.責任
信じる人たち
—
マタイ13:12
(12) というのは、持っている者はさらに与えられて豊かになり、持たない者は持っているものまでも取り上げられてしまうからです。
ルカ12:47-48
(47) 主人の心を知りながら、その思いどおりに用意もせず、働きもしなかったしもべは、ひどくむち打たれます。
(48) しかし、知らずにいたために、むち打たれるようなことをしたしもべは、打たれても、少しで済みます。すべて、多く与えられた者は多く求められ、多く任された者は多く要求されます。
信じる人たちは、どのような責任を果たしながら生活すべきですか?
教える人たち
—
マタイ5:19
(19) だから、戒めのうち最も小さいものの一つでも、これを破ったり、また破るように人に教えたりする者は、天の御国で、最も小さい者と呼ばれます。しかし、それを守り、また守るように教える者は、天の御国で、偉大な者と呼ばれます。
ヘブル13:17
(17) あなたがたの指導者たちの言うことを聞き、また服従しなさい。この人々は神に弁明する者であって、あなたがたのたましいのために見張りをしているのです。ですから、この人たちが喜んでそのことをし、嘆いてすることにならないようにしなさい。そうでないと、あなたがたの益にならないからです。ヤ
ヤコブ3:1
(1) 私の兄弟たち。多くの者が教師になってはいけません。ご承知のように、私たち教師は、格別きびしいさばきを受けるのです。
ヨハネ9:39-41
(39) そこで、イエスは言われた。「わたしはさばきのためにこの世に来ました。それは、目の見えない者が見えるようになり、見える者が盲目となるためです。」
(40) パリサイ人の中でイエスとともにいた人々が、このことを聞いて、イエスに言った。「私たちも盲目なのですか。」
(41) イエスは彼らに言われた。「もしあなたがたが盲目であったなら、あなたがたに罪はなかったでしょう。しかし、あなたがたは今、『私たちは目が見える』と言っています。あなたがたの罪は残るのです。」
教える人たちは、どのような責任を果たしながら生活すべきですか?
私たちは、全うすべき目的をきちんと成し遂げた?
私たちをこのように造り変え、キリスト・イエスによる新しい生活に入れてくださったのは神です。この新しい生活は、神がずっと以前から計画してくださったものであり、私たちが互いに助け合って過ごすためでした。
私たちは何者?
何のために造られた?
その働きを誰が用意してくれた?
聞く
信じる人たちの判決や報酬について何か質問はありますか?
実践
火のテストの前で、私たちの働きがきちんと認められるためにはどうすれば良い?
a)
(4) 私にはやましいことは少しもありませんが、だからといって、それで無罪とされるのではありません。私をさばく方は主です。
(5) ですから、あなたがたは、主が来られるまでは、何についても、先走ったさばきをしてはいけません。主は、やみの中に隠れた事も明るみに出し、心の中のはかりごとも明らかにされます。そのとき、神から各人に対する称賛が届くのです。
動機 – なんでするの?
b)
(4) そして、私のことばと私の宣教とは、説得力のある知恵のことばによって行なわれたものではなく、御霊と御力の現われでした。
力 – 誰の力によって?
c)
ヘブル5:8-9
(8) キリストは御子であられるのに、お受けになった多くの苦しみによって従順を学び、
(9) 完全な者とされ、彼に従うすべての人々に対して、とこしえの救いを与える者となり、
ロ-マ4:14
(14) もし律法による者が相続人であるとするなら、信仰はむなしくなり、約束は無効になってしまいます。
従順 – 私たちは誰に従っている?
祈ろう!
イエス様、あなたが与えてくれたことを達成するために自分の時間や資源を効率的に使うことが出来るように助けて下さい。
覚えよう!
私たちをこのように造り変え、キリスト・イエスによる新しい生活に入れてくださったのは神です。この新しい生活は、神がずっと以前から計画してくださったものであり、私たちが互いに助け合って過ごすためでした。